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8年間引きこもっていたら統合失調症と診断されました。

統合失調症と診断された元引きこもりの覚え書き。

2016年3月4日(7)

今回は再度「エロスのためのタナトス」、「キリストを身籠るマリア」について解説します。

sunsasun.hatenadiary.com

上の記事では孤独であることなどもタナトスに近い、と書きました。孤独であるということは、おそらく人間外の存在に接近するということであり、擬似的に死に近づくのではないかと思います。なのである種の「エロス即タナトス」という場に身を置くことになる。

 

ある種の、と限定している理由がここでは重要です。というのも、おそらくエロス即タナトスにも二種類あるからです。比喩的になってしまいますが、それは「受胎」の有無によって区別されます。つまり自分自身の内部に出産というメカニズムを有するか、それとも自分自身が母胎に還るか、という違いです。これをわたしは以下のように書きました。これも創世自慰の一部ですが、3月4日よりだいぶあとになって書かれたものです。

地球そのものになることと、もうひとつの地球そのものになることとの相違を明確に意識したときに初めてあの法悦が到来したということ…

 地球そのものになる、とは「単なる」エロス即タナトスとして自然と一体化することを意味します。

対してもうひとつの地球そのものになる、とは地球=自然の持つ母胎=出産のメカニズムを自分自身が持つことにより自分が元の地球と対峙する、ということを意味します。

対峙する、ということは、わたしが3月4日に感じた「宇宙に一人で漂う感覚」とおそらく等しいですし、そこから始まった創世自慰による無茶苦茶な過剰な意味付けはいわば「出産」なのです。いずれにせよ非常に比喩的にしか語れないのが泣き所ですが…。

 

そして、受胎すると同時に出産されるのがエロスであるところのキリストなのです。このキリストとは一体何なのかいまいち判然としないのですが、それは「エロスであるところのエロスのためのタナトス」として、上述の孤独という状況に置かれた分解されかかった個体を、逆説的に「エロス」へと反転させる何か、ということになるかと思います。ここでいう「エロス」は「エロス即タナトス」=マリアとしての、死と一体化した極限的なエロスということを意味するわけではありません。

 

その「エロス」とは、「貫通し逃げ去る」ものとしてあらゆる事物を流れている同一の力のことであり、それによって諸事物が統合されるという意味で結合そのものであるところの何か、ととりあえずは言っておきます。「貫通し逃げ去る」という性質を持つがゆえにそれは

キリストを孕むマリアが最もキリストなら孕んで生み続ける永久強姦永久出産こそが

 「永久強姦永久出産」、つまり外部からやってきたその何かに貫かれ(強姦)、それが出産としてまた抜け出ていく(出産)、というイメージとして考えられていて、しかもそれが永続することがいわば至福として考えられていたのです。

 

「貫通し逃げ去る」ということを、以前の記事でわたしは『言葉の音韻的、意味的関連を通してその言葉が指し示す事物を一緒くたにして、なおかつその連想の繋がるままに言葉を迸らせていく』ことだと書きました。しかしこれは創世自慰という名前の示す通り、ただ文章の上でだけなされていたわけではなく、言葉と事物の一致した実体的な経験として感得されていたことを再度強調しておかなければなりません。要は、実際に具体的現実としてそのように物事が感じ取られていたのです。

 

この感覚、どの事物もどれだけ距離や時間が隔たっていようとただ近似・類似しているだけで同一物になってしまうという事態はわたしにとっては恐るべき快感でした。いわば時間と空間を再創造しているかのようだったのです。

しかもそれが表面的な符合の一致でしかないということがなおさら快楽だったのです。

 

次回はこのあたりの感覚について具体的に掘り下げてみたいと思います。