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8年間引きこもっていたら統合失調症と診断されました。

統合失調症と診断された元引きこもりの覚え書き。

2016年3月4日(6)

2016年3月4日について

以下の文章もまた創世自慰によってこしらえられたものです。ほぼ一息に書いたので滅茶苦茶です。例によってすさまじい中二病臭がします。

 兄妹猫は外で育てられてある日テンテンが近所の猫にいじめられた(母親談)せいでいなくなってしまって(それは白と黒の猫でありブラックメタルであり自分であり母親は自分が小学校というレヴィアタンの捕食場に出発しようとする車のなかで突然この猫が自分の背中をよじ登って…いや庭に立ってた時に突然背中をよじ登って頭を引っかいたとかなんとかと笑いながら語っていた母親は天天がいじめられて死ぬことを願っていたのかもしれない罪悪感を感じていたのかもしれないから自分にしきりに話していたのかもしれないけど何年もあとに自分が基地外になったときに(つまり軍隊はその体罰と訓練と死の特訓を施すレヴィアタンである教官のかわいいイニシエーションの心棒たるストロー(吸い取るものと吐き出すペニスの違いはある(そしてそれはストローのためのペニスとペニスのためのストローに分けられる))でカラフルなジュースを飲み干す小学生が母親に微笑みかける時のお前の子供を全て喰らってやるという自分もまたレヴィアタンの子であることを告げる闘争開始の邪悪と虚無への絶対精神を宣言する時の世界崩壊に比べれば激怒する白鯨の憎悪はなぜ私を飲み込んでくれなくてなぜお前は私の娘であるかのように私に戦争即平和の虚無への絶対精神を宣言してくれずなぜ私に分裂を強いなぜ私の白くて丸い大きな全一死に黒き大便を突きつけなぜ私の消音パッドを被せられたスネアドラムの処女膜をスティックでくぐもった沈黙死全一(へ)の怒声を挙げながら破り続け(ようとして破れないことをあざ笑わせて)くれないのか(なぜならドラムスティックは摩耗しすり減りついには折れるが(厳密に言うとリムショットという白き全一を囲うスチールの枠=刀!に木で出来たスティック(大便でないならなにか?それが生命でないならなにか?つまりそれは切腹だ(そして口腔を囲う歯とは刀だ))を叩きつけることによって折れるのだがこの打ち方は軍隊由来のレヴィアタンの集団の威嚇の音であり死を捧げつつ死をもたらす全一死めがけて世界を覆う白き虚無への絶対精神の嘲笑を蔓延らせる黒死病たるゆえんは黒白なる弁証法の帰結であり日本の漫画が白黒なのは全一死を愛する人間に虹は見えぬからであり(じゃあ日本的なものに囲まれて生きていた自分が虹を見ている(ような気がするんだけど)のはなぜか?)ディオニュソスはその表象がワイン=葡萄であるのは葡萄の実というものが女に踏まれることによってワインになるものだからでキリストディオニュソスはマゾヒストであることを示すつまり葡萄の実はマゾヒストでありみんなそれを飲んで酩酊するときには笑い転げながら腹のなかでマゾヒストの子供を一匹飼うというのはそれが生命をもたらす小便ないし大便だからであり…中止その白き永遠の処女膜たる皇居口腔空虚(おいおい(これだれかすでに気づいてるかな?(そして皇の漢字を分解すると白い王=白鯨になる(そして虚の字の七は虹であり虹はキリスト教における神との契約の象徴にしてLGBTの象徴…(まてまて皇居を口腔に頬張り空虚として排出することが出産であるなら我々はみなキリストになりうるというよりキリストを孕むマリアが最もキリストなら孕んで生み続ける永久強姦永久出産こそが))))は無謬だからであり)という生への全身全霊の嫌悪を込めた自殺願望を吐露する氷結した氷の女王のありのままのわたしを信じる母と娘たる単一性への凍り付き静止した世界への白鯨への原初的願望を(西洋人がアメリカ大陸を食らい尽くそうとした時の罪の意識がメルヴィルに宿りあの鯨の幻想を抱かせた)に吐露する母親の娘への洗脳教育が生み出す工場の前を行進する登校中の小学生の鮮烈な通学帽の黄色が希望であり死である黒と血である赤の色に分けられた荷(可愛くておいしい調味料)を背負ったあの白き全一者の腸に捧げられる純潔の無垢なる分裂(お菓子)を貫き全ては静止するような気がしたときにカンちゃんのお尻が白い家の壁の角を曲がり消えた瞬間に思ったこれが最後の姿かも知れないとの気狂い沙汰の青空の祝聖を感じ

 前回の記事における「タナトスであるところのタナトスのためのエロス」について解説を試みたいと思います。

 

それは「ストローのためのペニス」として上の文章に登場するものであり、「吸い取るために吐き出すもの」、「全一者」そのものです。

つまりここでは体内に摂取するというイメージで表されるものが「タナトス」なのです。実際、死とは地球(自然)という胎内に回帰するという意味で「吸い取られる」ことなのではないかと思います。なので全一者とはまさに自然そのもの、正確には自然のうち「殺すために出産するもの」としてイメージされます。

補足としてもう一つの文章を引用します。

他人を自分のものだと思っているから他人の目を気にするのと
他人を他人だと思っているから他人の目を気にするのは全然違う(今気づいた)
そして前者の人間が皮肉な冷笑を浮かべて言い放つ「お前と俺は違う」という言葉は要約すると(私が要約してやろう)「いずれ私とお前の間の差異を統合し即自存在と化すことにより
この地球に黒死病を蔓延させてやろう」という闘争開始の宣言であり拷問者の鞭打ちにより雌豚と化した我々を食らうレヴィアタン(母親)の哄笑である。だから実はこの宣言は
「俺とお前は一緒じゃないか仲良くしようぜ」という宣言とほぼ等しいがその違いはそこに時間的な弁証法的発展のプロセスが介在しているかどうかだろう。
(日本人が同調圧力を批判する時その裏の意味にあるのはむしろ"なぜ私が発する同調圧力を拒否するのか?"あるいは"今は見逃してお前が独特の形状を有した美味しそうな家畜に成長するのを
待ってやる、そして未来時に私が育てたレヴィアタンの子孫達と最終戦争を戦おう(そして地球を滅ぼそう)"という宣言だとしたら?(つまり"あとで滅ぼすためにこそ異国の文化を尊重する"、
"あとで殺しあうためにこそ人間を自立させる"、または発展途上国を支援するのは"全ての国に核武装させることにより偶発的核戦争の危険をより高めさせる"、
文明とは地球というレヴィアタンの口腔の前に供せられる美味しい供物であり、未来時におけるラグナロクである死の祝祭戦争のための準備期間に過ぎない)

つまり「吸い取るために吐き出すもの」とは、この最終戦争に向けた文明の歩みに参入することであり、「破壊するためにこそ創造する」、ということなのです。そしてわたしにとってとりわけ重大だと思えていたことは、何も具体的な「最終戦争」を迎えるまでもなく、それが暗黙の目標として掲げられた何かに参入した時点で"既に"タナトスそのものを経験している、ということです。だから「タナトスのためのエロス」はエロスではなくタナトスそれ自体なのです。これは一種の短絡かもしれません。

そういう意味で、「全一者」とはある意味わたしたちが暮らす普通の世界そのものだと思います。あの創世自慰に耽っていた時のわたしには世界ははっきりとそのように見えていたのでした。

なにか悲観的な内容になってしまいました。今回は「タナトスのためのエロス」についてある程度解説したので、次回は「エロスのためのタナトス」、つまりキリスト(を孕むマリア)について再度考えてみたいと思います。