読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

8年間引きこもっていたら統合失調症と診断されました。

統合失調症と診断された元引きこもりの覚え書き。

2016年3月4日(2)

以下に2016年3月4日から五日間にわたって書きつけられた文章の一部を貼ります。総文字数は18000字ほどですが全部を載せることはできそうにないです。これらの文章はほぼ推敲もせずに一気に書かれたものです。なので大変読み辛い。しかし病的なものに興味のある物好きな方にはもしかしたら面白いかもしれません。

まず最初に書き始めたのが以下の段落でした。

 菅直人、カンナオト、環直人、第二次世界大戦以来の非常事態を宣言、自分の父親の名前は…で父親父親はキミノリ(天皇祝詞)という名前でその妻の名前はミドリという名前で冗談でキミドリとミドリだよと笑いながら話していた祖母は14歳で小学校の教師をやる羽目になって終戦の時米兵がやってきてヘイジャパニーズと話しかけられたことをいつも話していて繰り返し話していて家族で谷間にへばりついた歯で可愛がられうち捨てられたガム(家)に入るといつもその話をしていて必ずしていて永久にするべきでその祖母はまた自分がトイレに入っているとおいミドリだったかなんとかと粗暴な男子生徒から声をかけられて怒鳴り返したという自慢を繰り返し話していて必ずしていて永久にするべきで祖父は中国戦線に行った、
足に被弾して「生き残った」、(と最初は聞いた気がするが落馬して負傷しただけだと後に聞きたぶん罪悪感があったんだろうなと思い自分がものすごく小さい頃その祖父のことを「戦争で生き残ったからって調子に乗ってる」と残酷な茶化しをしてしまったことを祖父は大笑いで聞いたが祖母は今でも自分に会うたびにその話を笑いながら繰り返すので気まずさと苦笑いで自分は頷くしかないのだけど祖父は確かアメリカ兵に銃を突きつけるとビビって降伏するんだという話を自慢気に話していてそれを聞いた自分は祖父は強いんだと思っていたけどでも中国戦線にアメリカ兵なんていたんだろうかと思って祖父は弱いんだと気づいて痴呆と老衰で足腰が弱った祖父を起き上がらせようと手を握ったときのブルブル震える祖父の手には力強さがあったけど父親は糞尿を漏らして床を汚す祖父の世話を心底疎ましく思ってそうで祖父が死んでも何も悲しくなさそう(もしかしたら悲しかったのかもしれないけど言葉にはしなかった)で祖父の家の中央の居間に祖父の入った棺桶が置かれる前には家の奥の祖父専用の間にはいつも祖父が布団の上に横たわってぼんやり民放のカラフルでにぎやかなバラエティ番組かなにかの楽しい空虚な音を耳が遠いから大音量で鳴らして一日中そうしてるように見えて何が楽しいんだろうかと思っていたけど今なら何も楽しくなかったことが分かってでも子供の頃に祖父の部屋に行った時に箪笥の上にあった古臭いけどカラフルな(ちょっとくすんだ水色と赤の箱の中の蜂の巣状のポケットの籠の中に色んなお菓子が入ってた(いや違うような))お菓子を食べさせてくれた時の味が忘れられなくてお盆や正月に祖父の家に連れられて行くとそのお菓子を探したけどなくてでも祖父は昔小学校の校長で自分が小学生のころには車を運転して祖父の買った土地にある自分の家の離れにある祖父母の家にいつも来ていて学校から帰った自分が勢いよく黒いランドセルを祖父母の家の縁側に投げだすことを祖母は楽しそうに話すけどそのあとには胡坐をかいた祖父の上に腰かけて英語を教えてくれたのは楽しかったし祖父も楽しそうだったし宿題は嫌だったけど祖父に教えてもらうのは好きだったし滅多に怒らなかった祖父の例外は祖父が車を修理か何かにだしてレンタカーに自分を乗せてどこかに行っておもちゃを買ってくれようとしたけど自分は車の臭いとかシートの毛皮みたいな質感が嫌いで泣きながら座る事も出来ずに後部座席の前の助手席に捕まって嫌だ嫌だと泣いたら祖父がものすごく怒ってカンカンになってそれが怖くてその後は覚えてないけど19歳で祖父の死体の置かれた

なぜ真っ先に「菅直人」から始めたかと言えば、これは私の頭の中でしきりに「カン」という言葉がこだましていたことによります。もっともそれは幻聴などではありません。

この「カン」とは前回の記事で触れられている死んだ猫の名前です。それを「菅直人」「環」「回帰」と相互に関連のありそうな言葉で繋げてみたのです。この感覚を以後「貫通し逃げ去る」感覚、と呼びたいと思います。つまり、言葉の音韻的、意味的関連を通してその言葉が指し示す事物を一緒くたにして、なおかつその連想の繋がるままに言葉を迸らせていくのです。

私にはこの「菅直人」、「カン」、「環」、「第二次世界大戦以来の非常事態を宣言」という物事が全て同一の根本的力の具現であるかのように思えていました。言葉の最も表面的な印の符合の一致が、その力の証明だったのです。なぜそのような考えに囚われてしまったかと言うと説明が難しいのですが、これは「すでに気づいていたのに無視していたことを全面的に信頼することにした」、と言えば良いでしょうか。言葉の通常は無視されている暗黙の関係(それが取るに足らないということは自覚していますが)が宇宙の根本真理の地位にまで高まってしまったのです。

 

続く文章では祖父母との思い出が語られますが、これは単なる自分語りとして書いたのではありません(なぜならこの時は文章を誰かに見せることを考えておらず、ただ自分用の覚え書きとして書いていたからです)。

「米兵が日本に上陸した」、「山奥の祖父母の家に自分がやって来た」、「トイレにいる祖母に男子生徒が呼びかけた」という出来事もまた、「貫通し逃げ去る」ことが可能な同一の祖型を示しています。つまりある「閉塞的な領域に侵入する異物」、という構図をこれらの出来事は共有しています。さらにわたし自身が「引きこもり」であり、その引きこもりを前回の記事に書かれたような「外宇宙から飛来する強姦魔」が犯す、という構図もまたこの祖型と近似しています。私にはこの普遍的祖型が私自身の記憶や経験の中で生々しく蠢いているように感じられ、そのことにとても大きな感動を味わっていたのです。

さらに下の文章では私のまあどうでも良さそうな個人的な思い出が語られますが、これもまた私の中では重大な、宇宙の根源的姿の具現として捉えられていました。これらのことについては記事を改めて述べます。

概して言えることは、一種の「幼児退行」ということだと思います。チビバツ子などと名乗っているのもそれに一部由来するのですが、当時の私にはこの子供の頃の記憶があまりにも鮮明に思い浮かぶ上に、その記憶が他の知識や学んだことのある概念などと緊密に結ぶついているかのように思われ、どうしてもそこに何かを見出さずにはいられないのでした。次の記事では別の段落を掲載したいと思います。